たまなから引き継ぎました、4年の髙木茜里です。
そんなたまなのあだ名はたまちゃん。
勝手に呼んでいます^_^
たまちゃんは、会計の仕事も頑張りながら、競技にいつも真っ直ぐ取り組んでいます。
これからも頑張ってね!!
本日は、私の大学陸上の振り返りを書かせていただきます。
高校3年生のU20日本選手権100mHで2位になってから、なかなか記録が伸びないまま大学に進学し、とても不安で、体調も良くなかった大学1年生。
体重がかなり増えたこともあり、中学1年生から痛めていた腰を悪化させた大学2年生。
走りたくても走れず、やっと少しずつ走れるようになったと思った2024年12月26日、
セット走のラスト40m付近で腰に電気が走り、ゴールはしたもののそこから四つん這い姿勢で30分以上動けなくなりました。
左足の感覚がほとんどなくなり歩くこともできず、さっきまで走っていたことが信じられず、今の状況が理解できずパニックになり、過呼吸になりました。
沢山の方々に迷惑をかけた日でした。
そこから2ヶ月以内に腰の手術をすることが決まり、2025年3月4日に腰椎椎間板ヘルニア摘出手術を行いました。
内視鏡での手術だったのですぐに歩けると聞いていましたが、全く歩けず、身動き取れず、かなり絶望を感じていました。
走り始めることができたのは2025年6月ですが、違和感が全て消えたわけではなく、そのまま年内にレース復帰することは出来ませんでした。
いつからか、走ることや数字で結果が出てしまうことが怖くなり、走ることが嫌いになっていました。
それでも走り続けることができたのは、応援してくれている人が周りには沢山いて、元気に走っている姿を見せたいと思えたからです。
2026年はレース復帰はできたものの、レースに出る度に腰への負担は大きくなり、身体の限界が来てしまいました。
最後まで「対校戦で点数を持ち帰りチームに貢献する」ことは出来ませんでしたが、サポートとしてなにか少しでも貢献できていたら嬉しいです。
9月の全日本インカレで引退して、
「最後まで頑張ったね」と言ってもらえたことが、なにより私の心の救いになりました。
「こんな自分でも見てくれていた人がいたんだ」と思うと、最後まで向き合い続けることができて良かったなと思うことができました。
最後まで見捨てずに指導してくださった監督、どん底にいる時に声をかけ続けてくれた先輩方や同期、笑顔で「あかりさん!」と色々な話をしてくれ、時には心配もしてくれた後輩たち、ずっとサポート・応援をしてくれた家族。
本当にありがとうございました。
この先、これ以上のどん底はないと思うので、全力で人生を楽しんでいきたいと思います!
長くなりましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
そして!!9月25日は私の大好きな母の誕生日です!!
また、同期のゆらち、教育学専攻の友達の誕生日でもあります🎂
少し早いけど、3人ともおめでとう㊗️
とっても大好きで、尊敬している3人です。
これからもよろしくね!!
次は、三段跳びをやっている、こころです!
いつも元気に挨拶してくれるので、練習を明るく始められます🌟
最近ぐんぐん調子を上げています!!
これからも頑張ってね!!
引き続き、中央大学女子陸上競技部の応援をよろしくお願いいたします。
髙木茜里(4)
